広島市立大学語学センター Newsletter No.15 (2002.5.31)

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ミニコラム 外国語に想う(12)

自然言語(英語)は難しい

情報科学部教授 林 朗

 言語学習は味気ない。中高校生の頃ならいざ知らず、大人になってからの英語の勉強は大変である。大学卒業後、遠ざかっていた英語学習に再び関心を持ったのは、80年代前半にNHKで二カ国語放送された「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズであった。『赤毛連盟』『まだらの紐』などの名作をまず日本語で聞いた後、英語で聞き取り練習したものである。芝居っ気のあるホームズとお人よしのワトソンの絶妙のコンビが興味深く、毎週一回、2年間位見続けた記憶がある。
 しかし学習としてはあまり効果がなかったようである。

その後5年近く米国に滞在したが、日常会話ではずいぶん苦労した。電話の途中から不意に日本語を喋ってしまったこと、マクドナルドのドライブスルーで英語が通じなかったこと、空港でのアナウンスを聞き逃して、荷物が受け取れなかったことなど。車の修理工やタクシーの運転手の英語は、何を言っているか全然聞き取れないことがある。直接対面して話しているときには、何とかなる。私の東洋人顔を見て、丁寧に話してくれるからである。
 専門語の多い授業・研究は日常会話より容易である。大学人の話し方はおおむね論理的であり、分かりやすい。それに、私の専門に関する限り、コンピュータ言語で、英語力を補うことができる。ソフトウェア開発のための長期米国出張や、その後の留学を、何とかつつがなく終えられたのは、若干自信のあったプログラミングのおかげだと思っている。

恋の文学トンネルズ1

この女の美的感覚は

 ズバリ言っておく。文学は恋の指南役だ。文学は他者を愛することの煽動者だ。恋愛っていい。じんわり慈しもうとする感情、どきどきする期待の感情、自らが自らをよみがえらせる感情、なべて人間の豊かさを増幅させる。と同時に、ズバリ言っておくが、文学は貧しい愛、不正義の愛、打算の愛、卑しいのややましいのを裁く。
 グレン・サヴァンの『ぼくの美しい人だから』(雨沢泰訳、新潮文庫、90年8月刊)。まず、これを読め。
 こういう人生の宝物を勧めてくれる人を身近に持てた運に、君、感謝すべきなんだよ。宝物をホイホイくれる人はそう多くない。学校がすべてを教えてくれるわけじゃないし、あらゆることをここで学ぶわけではない。行政機関は魂の内面に関わることは施せない。恋愛テーマについてはコッパズカシサを伴う要素があるから、見境なく語れないし、またフィクションを以って告げた方がよりよく伝わることもある。この小説は真実、衝撃感動本。
 「この女の美的感覚はおどろくほどひどかった」。
 27歳のコピーライター、マックスははじめノーラをそう思った。のに。そうであるのに。
 ノーラはいくつ、外国語を知っていたのだろう。


 「喉からしぼり出すドイツ語、なめらかなイタリア語、けったいなスワヒリ語、歌うような中国語」。「彼女自身の祖先か原始的な本性と無我夢中で会話をかわしているよう」なノーラの発音に「マックスは聴きいり、魅せられ、おどろき、感心した」のだ。
 この小説がいいのは、愛に誠実であれば自己変革が起こるってこと。自己変革は辛いよ。痛いよ。価値観の転覆だよ。恋愛はその前後を全く別にする。愛を貫くと新しい自分が生まれる。誰にでもできることではない。俗で常識的で損得まみれで、身動きできない君は恋愛の本質において劣等である自覚を持ちたまえ。そして「高潔・誠実・清廉」(integrity)な恋愛を賛美したまえ。
 たわけたちの「女(または男)をものにする」レベルと無縁の、一途にまっすぐな話。
 大切なことは、人間等価。どんな「欠陥」がある相手でも二人は結婚できる、相手のために自分を変える勇希を持った愛であれば。あなた好みの私になることではないよ。相手の鋳型に合わすんじゃない。ノーラの素晴らしさは人間の誇りを昴然と健全・完全に所有していることだ。私は私。相手が変わる気もないのなら、その愛は虚偽。愛によってあなたは変身する。あなた自身の意志によってあなたは私に受けいれられたいあなたに変わるのよ。恋愛は私たちを変革する。いまのままがいいなら恋愛なんかやめておけ。

(オウオウ愛)

◆語学センター自習室で「ぼくの美しい人だから」のビデオ(英語字幕つき)を見ることができます。

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