外国語に想う6
◆∇・・・、現代科学技術用語のルーツを探って
最近ヘブライ語がおもしろい。今は旧約聖書を調べている。昨年の年末"聖地エルサレムへの旅"の旅行パックがよく売れ、元旦をイスラエルで迎えた人も多かったと聞くが、筆者の"旅"は、現代科学技術用語のルーツを探る"旅"である。
今関心があるのは、物理数学でよく出てくるナブラ(Nabla) 即ち、∇という記号である。どことなくユーモラスな記号である。別名ハミルトニアンとも呼ばれる。ギリシャ語のデルタ(Δ)記号を上下逆にしたような形をしている。
この記号を最初に使ったのはW.R. Hamilton卿であるが、"ナブラ"と最初に呼んだのはJ. Maxwellで、それは彼の友人への手紙の冒頭に見られる。こんな出だしである。"Still
harping on that Nabla?" Maxwellも茶目っけのある人だったようだ。
では、一体何故"ナブラ"と呼んだんだろうか? まだ推測であるが、彼は旧約聖書(例えば、サムエル記10:5)からヒントを得たのかもしれない。そこに出てくるNebelという言葉はヘブライ語で竪琴(たてごと)を意味する。弦の数は10-12本で、宮殿などで演奏されたとされる。当時の壁画などにその絵が残っている。紀元前3千年頃の話である。それが、ギリシア、ローマに伝わった。旧約聖書には、竪琴のNabelの外にもLyreやKinnorなどいろいろな種類の琴の記述が見られる。Maxwellは、その形から古代の竪琴を連想し、ギリシア語よりもずっと古いヘブライ語のNabelをもじって新語Nablaを考え出したのではないだろうか?
最初はシャレのつもり。それが、まさか∇の名前として定着するとは本人も(案外)想像していなかったに違いない。
情報科学部教授 藤野 清次
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