恋の文学トンネルズ1
◆この女の美的感覚は
ズバリ言っておく。文学は恋の指南役だ。文学は他者を愛することの煽動者だ。恋愛っていい。じんわり慈しもうとする感情、どきどきする期待の感情、自らが自らをよみがえらせる感情、なべて人間の豊かさを増幅させる。と同時に、ズバリ言っておくが、文学は貧しい愛、不正義の愛、打算の愛、卑しいのややましいのを裁く。
グレン・サヴァンの『ぼくの美しい人だから』(雨沢泰訳、新潮文庫、90年8月刊)。まず、これを読め。
こういう人生の宝物を勧めてくれる人を身近に持てた運に、君、感謝すべきなんだよ。宝物をホイホイくれる人はそう多くない。学校がすべてを教えてくれるわけじゃないし、あらゆることをここで学ぶわけではない。行政機関は魂の内面に関わることは施せない。恋愛テーマについてはコッパズカシサを伴う要素があるから、見境なく語れないし、またフィクションを以って告げた方がよりよく伝わることもある。この小説は真実、衝撃感動本。
「この女の美的感覚はおどろくほどひどかった」。
27歳のコピーライター、マックスははじめノーラをそう思った。のに。そうであるのに。
ノーラはいくつ、外国語を知っていたのだろう。
「喉からしぼり出すドイツ語、なめらかなイタリア語、けったいなスワヒリ語、歌うような中国語」。「彼女自身の祖先か原始的な本性と無我夢中で会話をかわしているよう」なノーラの発音に「マックスは聴きいり、魅せられ、おどろき、感心した」のだ。
この小説がいいのは、愛に誠実であれば自己変革が起こるってこと。自己変革は辛いよ。痛いよ。価値観の転覆だよ。恋愛はその前後を全く別にする。愛を貫くと新しい自分が生まれる。誰にでもできることではない。俗で常識的で損得まみれで、身動きできない君は恋愛の本質において劣等である自覚を持ちたまえ。そして「高潔・誠実・清廉」(integrity)な恋愛を賛美したまえ。
たわけたちの「女(または男)をものにする」レベルと無縁の、一途にまっすぐな話。
大切なことは、人間等価。どんな「欠陥」がある相手でも二人は結婚できる、相手のために自分を変える勇希を持った愛であれば。あなた好みの私になることではないよ。相手の鋳型に合わすんじゃない。ノーラの素晴らしさは人間の誇りを昴然と健全・完全に所有していることだ。私は私。相手が変わる気もないのなら、その愛は虚偽。愛によってあなたは変身する。あなた自身の意志によってあなたは私に受けいれられたいあなたに変わるのよ。恋愛は私たちを変革する。いまのままがいいなら恋愛なんかやめておけ。
(オウオウ愛)
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