文学のトンネル1
◆芸術学部長賞授与
芸術学部の学生の卒業制作に芸術学部長賞というのが授与されているらしい。1986年度は≪ムーンライトシャドウ≫。
『キッチン』(福武文庫、91年)に収録されているから、容易に鑑賞できる。僕は文庫古本屋で50円で入手した。横道にそれるが、バナナというくだものもずいぶん、値を下げたね。100円で4、5本買える店もある。1本25円。
かきあげ丼のおいしさを憶い出させ、ケンタッキーのチキンフィレサンドに興味を持たせるこの小説は、恋人を失った乙女とセーラー服の男の子の、愛の光を求める物語。はたちやそこらの女性から「人によっては一生に1度もしなくていいこと、ナーニ?」と問われ、続けて「たとえばね、中絶、水商売、大病・・・」と答えを例示され、更に「私、その1つに今、参加してしまっているの」とうちあけられたら・・・。さつきという名のヒロイン、「たとえばね」のところを「EX」なんぞと表現する人なんだ。
みかげという名がヒロインの表題作、≪キッチン≫は拾われてきた台所のめす猫物語かと誤解しそうな導入。「泣くに泣けない妙にわくわくした気持ち」とか「神かけて、そういうことをけっこう淡々と、ぼんやりと考えていた、つもり」とか、笑わせるよ。吉本には笑わせさせられるよ、全く。
「この私の処女・・・単行本を捧げたい」なんてなことを言っておいてそれから3年半のちの文庫版あとがきには、
「最近、『キッチン』を書いた当時私がモノホンの処女だったというものすごいうわさを耳にしましたが・・・そんなことあるわけないだろう。何読んでんだかな」てなことを書いている。
あしらい上手のベテラン姐さんがお客をなぶってるところを想像してしまう。チビマルコのようにトホホホである。シイナマコトのようにおお、そうかである。
しおらしさと擬態、まっすぐさと変質性のまがりくねり、荒唐無稽と清純な感受性。よく考え、よく吟味のうえに調理されたばなな制作品は、ああ、うまい、おいしい小説だ。
吉本ばなな、本名・真秀子。日本大学芸術学部文芸学科卒。ゼミの教師は「誰に対しても分け隔てしない」で、「みんなを目立たないようにうまくリードしてくれるような学生だった」と評している。
吉本ばなな文学にみならうべき美質が多々ある。僕、吉本ばななにあやかって、松竹れもん(または宝塚すいか、または日活いちごなど)というペンネームで文学しようか。
(お、おいしい削石)
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